わかりやすい創価学会の誤り・創価学会員の皆さんへ

『慧妙編集室 編』

十九、選挙活動は王仏冥合(おうぶつみょうごう)の法戦ではない

学会員の皆さん、皆さんが選挙活動に励(はげ)むのは、「王仏冥合(おうぶつみょうごう)のため」ですか。
しかしながら大聖人は、「王仏冥合とは選挙活動」などとは、どこにも仰せられていません。創価学会が途中で編(あ)み出した、新説なのです。
それを証明するように、戸田第二代会長も、公明政治連盟と称して参議院に学会員を送り出したものの、
「ある人は、そういうものならば、創価学会党というものができて、そこで広宣流布するのではなかろうかと考えるかもしれませんが、けっして政治のための政治ではありません。(創価学会は)一党一派に編(へん)するものではありません。文化部員のなかで、一人が社会党であり、一人は自由党であり、一人は民主党であり、なかには共産党がいても、いっこうにさしつかえないのであります」(『戸田城聖全集』第四巻271ページ)
と、政治の力で広宣流布ができるものではないことを述べていました。また、戸田会長は、
「衆議院には候補者を立てない」(『週刊朝日』昭和三十一年七月二十九日号)
「わしの力あるかぎりは、断じて政党などやらんぞ」
(『総合』昭和三十二年七月七日号)
と言い、固く衆議院進出を禁じていたのです。
ですから、会長職を引き継いだ池田大作氏も、以前は、
「創価学会は衆議院には出ません。なぜかならば、あくまでも宗教団体ですから」
(昭和三十五年六月十日)
「われらは政党ではない。ゆえに、けっして、衆議院にその駒(こま)を進めるものではない。
参議院ならびに地方議会等、その本質にかんがみて、政党色があってはならない分野に、人材を送るものである」(昭和三十六年六月一日)
と言い切っていました。
ところが、昭和三十九年、池田氏は突如、戸田会長が「わしの力あるかぎりは」と厳禁していたにもかかわらず、なんと、「恩師のご遺訓だ」などと言って、衆議院進出に踏み切ったのです。
さらに、あろうことか、調子づいた池田サンは、
「私が教わったのは帝王学だ、私は最高権力者になる」
(『現代』昭和四十五年七月号・インタビュー記事)
と言って憚(はばか)らず、公明党議員に向けては、
「天下を取ることが少し見えてきた。天下を取らない党なら、やる必要はない。私が控えているから心配するな」(公明党議員との記念撮影・昭和五十一年十一月十六日)
と言ったかと思えば、
「妙法の 宝を胸に抱きしめて 君等戦え 天下取るまで」
などという和歌(?)を送って、公明党立候補者に ”天下取り” の発破(はっぱ)をかけました。
会長就任当時から見れば、みごとな変節ぶりです。
要するに、 ”権力欲に取り憑(つ)かれた男”__これが池田大作の正体なのです。
学会員の皆さん、こんな恐ろしい男の野望実現のために、あなたの大事な人生を狂わせてしまってよいのですか。今すぐ、大聖人の仏法を正しく継承(けいしょう)する大石寺の信仰に立ち返り、共に真の広宣流布への道を歩みましょう。

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