わかりやすい創価学会の誤り・創価学会員の皆さんへ

『慧妙編集室 編』

二十、五座三座の勤行を捨てた創価学会は懈怠(けだい)謗法です

学会員の皆さんは、現在、どのように勤行をしていますか? 「昔は五座三座の勤行をしていたけれど、今は短くなった」という方が多いようですね。
創価学会では、平成十六年に正式に五座三座の勤行を廃止し、「方便・自我偈(じがげ)・唱題でよい」としました。その理由として、「海外の会員には難しすぎるから」と説明していました。
ところが実際は、「五座三座の勤行をしなくてよいから、楽になった」などと喜んでいる日本人の会員も多く、驚いてしまいます。
ここで考えていただきたいのは、そもそも朝夕の勤行は、私達が御本尊に境智冥合(きょうちみょうごう)して生命の奥底に眠る仏界を湧現(ゆげん)させるための、最も基本的かつ大切な修行のはずです。
それを、自分達の都合に合わせて勝手に変更してしまってよいのでしょうか。
例えば、病気の時に薬を服用する際にも、大切なのは、「どんな薬をどのように飲むか」ということです。「この薬は飲みにくいから」というような自分の都合で、量や回数を変えてしまえば、治るどころか、命に関わることにもなるでしょう。
同様に、宗教とは、「どのような本尊を、どのように拝むか」を説いたものです。
あろうことか、創価学会では、その本尊も作り変えてしまい、その上、勤行方式まで改変してしまったのです。皆さんは、これで不安にならないのでしょうか。
かつて、池田サンは、勤行の在り方について、
「日蓮正宗においては、また学会の指導は、五座三座というが、自分は三座二座でいいではないか、などというのは懈怠(けだい)です」(『会長講演集』第六巻219ページ)
と、勝手に自分なりの勤行をすることは懈怠(仏道修行を怠ける)謗法である、と指摘していました。
ところがどうでしょう。近年になると、勤行を軽視する発言が露骨(ろこつ)に出てきます。池田サンいわく、
「(参加者が拍手して池田に手を振るのに対し)今、手を振った人、中風(ちゅうふう)になりません!!
顔色がいい。ね、もう少し景気よく振ればねエ、福運がつくんだけど・・・(中略)
ねエ、朝勤行してない人、ずいぶんいるかもしれないけどさァ、いいですよ、お題目一遍でいいんです。」(平成四年四月二十六日・本部幹部会)
なんと本部幹部会で、「池田に手を振れば福運がつく」「勤行しなくても、題目一遍でいい」と指導しているのですから、呆れてしまいます。
そもそも池田サンは、勤行が苦手のようです。その証拠に、昭和五十一年から始まった「月刊ペン裁判」の中で、学会側から裁判所に提出された”池田会長の行動記録”には「勤行0(ゼロ)分」という実態が記されていました!
こんな調子ですから、大切な勤行を「できるだけ短くしよう」という発想も生まれるのでしょう。
懈怠謗法の張本人は、他ならぬ池田自身だったのです。
こんな怠け者の指導に従って、本尊も変え、勤行も変え、次々と変貌(へんぼう)していく創価学会についていけば、本当に人生が台無しになってしまいます。
学会員の皆さん! 日蓮大聖人の御教えを遵守(じゅんしゅ)する大石寺に、今すぐ立ち返りましょう。

KC420201
Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です