わかりやすい創価学会の誤り・創価学会員の皆さんへ

『慧妙編集室 編』

二十九、「唯授一人(ゆいじゅいちにん)の血脈(けちみゃく)」否定は恐ろしき大謗法(だいほうぼう)

現在の創価学会は、「大聖人直結(ちょっけつ)」を主張し、自分達で勝手に本尊を作り、勤行のしかたも改変し、邪宗も容認して、語られるのは池田大作サンの礼賛(らいさん)と選挙のことばかり、といった状況です。昔から学会で信心してきた方の多くは、内心、あまりの変貌(へんぼう)ぶりに違和感を感じているのではないでしょうか。
かつて、正信会(しょうしんかい)(※昭和五十年代半ばに日蓮正宗から破門された異流義(いりゅうぎ)集団)が、自分達の命脈(めいみゃく)をつなぐために、御法主上人(ごほっすしょうにん)の血脈(けちみゃく)を否定しましたが、その時、池田サンは、「これは恐ろしき謗法(ほうぼう)であり、真の日蓮大聖人の仏法を信解(しんげ)していない証左(しょうさ)なのである。血脈付法の御法主上人を離れて、正宗の仏法はありえないのである」
(『広布と人生を語る』第三巻294ページ)
と、正信会の邪義(じゃぎ)を破折(はしゃく)していました。
ところが、創価学会が破門されるや、池田サンは、無節操(むせっそう)にも
「今までと違って、民衆を虐(しいた)げる悪(あ)しき権威(けんい)や、迷信的な化儀(けぎ)・形式、供養の強要などの、一切の鉄鎖(てっさ)から解き放たれて、自由に、自在に、伸び伸びと、広布の天地に駆けることができる」(聖教新聞 平成三年十二月十八日付)
と。つまり、「恐ろしき謗法」だったはずの「血脈付法の御法主上人を離れ」ることを平気でなし、自由自在になった、と喜んでみせました。
さらには、
「日顕宗の言う『血脈』などは本当にナンセンスな話です。本来、宗教には、『仏と自分』との関係の信仰が重要であって、権威主義の『血脈』などは、信仰的には何の意味もない」(聖教新聞 平成五年五月五日付)
「成仏は自分自身の『信心』で決まるのであって、『聖職者』の介在によって決まるのではない。『直接』こそ仏教本来の在(あ)り方(かた)である。『日蓮大聖人直結』の創価学会の信仰こそが正義なのである」(同 平成六年六月五日付)
と、血脈によって正しい仏法が伝えられることを否定し、『大聖人直結』と称する ”池田宗” を打ち立てたのです。
しかし、第二祖日興上人は、「大聖人の直弟子(じきでし)などと言う者は、大謗法であり、無間地獄(むげんじごく)に堕(お)ちる」(『佐渡国法華衆(さどのくにほっけこうしゅう)御返事』・取意)と断言され、 ”直結信仰” を厳しく誡(いまし)められています。
そうした誡めを無視し、「直結」を旗印にして仏法を意のままに曲げてしまう創価学会は、仏法を惑乱(わくらん)し地獄へと誘(いざな)う大謗法団体です。そのような団体からは、早く抜け出しましょう。

KC420202
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